ルーカス・クラナッハの絵画「律法と恵み」(Law and Grace)は、マルティン・ルターの宗教改革思想、特に「律法と福音」の教えを視覚的に表現したものです。また描かれた言葉は、旧約と新約聖書の引用や、マルティン・ルターの宗教改革思想、ルターの教えに基づいた内容です。絵の中で、ラテン語で刻まれている聖句は、律法と福音の対比を象徴しています。
左側(律法)には、人間が神の裁きと罪の罰に直面する場面が描かれています。通常、アダムとイブの堕罪や、罪人が死神や悪魔に追われている場面があり、これが旧約聖書に基づく律法の概念を象徴しています。人間の罪と律法の裁きを象徴する言葉が描かれています。
RO 1 PALAM RA DEI DE COELOOVERSYS OMNEM IMPIETATEM ET IVSTITIAM HOMINVM
意味: これはローマ書1章に基づく言葉で、「神の怒りがすべての不義と人間の不正に対して天から現れる」という意味です。
OMNES ENIM PECCAVES RVNT AC DESTITVVNTVE GLORIA DEL ROM: III
意味: ローマ書3章から「すべての者が罪を犯し、神の栄光に至らない」という内容です。これは人間の罪の普遍性を示しています。
ACVLEVS AVTEM MORTIS PECCATVM, POTENTIA VERO PECCATI LEX ICOR XV
意味: コリント人への手紙第一15章の引用で、「罪の力は律法であり、死のとげは罪である」という意味です。律法が罪を明らかにし、罪が死をもたらすことを示唆しています。
LEX IRAM OPERATVR ROM: 111
意味: ローマ書3章から「律法は怒りを生む」という言葉です。律法が罪を示し、裁きの原因となることを示しています。
右側(恵み)には、キリストの十字架が中心に描かれており、信仰を通じて救いを得ることが表現されています。ここにはキリストが死者を蘇らせ、罪人が神の恵みによって救われる場面があります。また、福音の恵みと救いを象徴する言葉が描かれています。
ESAIA-VII-DOMINVS IPSE DABIT VOBIS SIGNVM-ECCE VIRGO CONCIPIET ET PARIET FILIVM
意味: イザヤ書7章からの引用で、「主が御自らあなたがたにしるしを与える。見よ、おとめが身ごもり、男の子を産む」という意味です。これはイエスの誕生の預言で、救いの到来を象徴しています。
ECCE AGNVS ILLE DEI QVI TOLLIT PECCATA MVNDI IOI
意味: ヨハネによる福音書から「世の罪を取り除く神の小羊」という言葉です。これはイエスが罪の贖い主であることを指しています。
ABSORPTA EST MORS IN VICTORIAM. VBI TVVS MORS ACVLEVS VBI TVA INFERNE VICTORIA’ SED DEO GRATIA QVI DEDIT NOBIS VICTORIA PER DOMINVM NOSTR
意味: コリント人への手紙第一15章からの引用で、「死は勝利に飲まれた。死よ、あなたのとげはどこにあるのか?地獄よ、あなたの勝利はどこにあるのか?」と問い、イエス・キリストによる勝利と救いを称える言葉です。
全体の意図
律法(左側)が罪と死をもたらし、福音(右側)が信仰によって救いと永遠の命をもたらすという、ルターの「信仰による義認」の教えを強調するものです。この対比により、絵全体が人間が律法から解放され、キリストを通じて救われるというメッセージを視覚的に伝えています。
※信仰義認(しんこうぎにん、ラテン語: Sola fide、英語でby faith alone、信仰のみ)はプロテスタント信仰の根幹であり、聖書のみ、万人祭司とともに、宗教改革の三大原理の一つ。「聖書のみ」は形式原理であり、「信仰のみ」は内容原理である。